2016年5月5日木曜日
連携。
連携も多次元に為されている。
個というものが希薄になる次元はまた違ったものになるが、
3次元に近い5次元においてはそう対して変わらない様相をしている。
私の欠片は、この3次元にも複数存在しているけども(特定には知覚していない)
5次元にも勿論存在する。
そしてその5次元でチームを持ち、ここの私と連携したミッションをこなしている。
あちらは私の動きをしっかりととらえて動いており、その影響も勿論考慮されている。
これは、私における縦の連携の一部分。
横の連携もある。
これは全く異なる系統同士の連携。
やはり、個というものが希薄になる次元のものは、
微かな繋がりにはなるが、うねりは大きく
響く影響は僅かになるが、根源的なものへとなってゆく。
ここにいつも書いている視点は、主に
「個」を感じる次元の横の連携について。
その「連携」の作業のひとつとして
ここでは会うこともないかもしれない 仲間に対して
何かを思わずにはいられない、ということなのだろう。
2016年4月12日火曜日
ここを去った後に。
この3次元の地球で 「 死 」を迎えたのちどこにゆくのか。
(「死」を挟まない「完全解放」の可能性は如何程なのだろうか)
輪廻の輪に戻り 再びここに立つのか。(その頃にココがまだあれば、の話だけども)
宇宙へと帰還するのか。
さて、その「帰還」とやらはスムーズに問題なく、望みのところへとゆけるのか。
(このブログでいうところの)ワンダラーの場合、他の訪問者たちと違い
その帰還地点には、厳密な設定が為されていたはず。
特に今回、このタイミングは、そこを深く刻んでいなければ戻れないほどの深みなのだ。
ここでは終わらず「帰還後」も続く展開へと入るには、予定地点を大きく外さないことが必須。
外す可能性が大きいからこその、慎重かつ強固な設定。
「予定地点」というのは、どこかの次元、どこかの星、のことではなく、
全体としての「自分」の状態の中での「位置」のことである。
高次が、それ以下に反映されるように
3次元もまた、高次へと映されていく。
「全体」なのだから、至極当然。
私たちは「全体」を映し出す。
性質上、そこの事情を熟知し業(ワザ)としているワンダラーは、
帰還地点は外せないし、
絶対に外したくない「魂」なのだと思う。
2016年3月9日水曜日
吹き溜まりでも花は咲く(笑)
君はそろそろウンザリしているのじゃないかい?
同じものが引きあうとしたら、ここに訪れるのは、以前のこの主と同じようなものだろう。
こいつも、実はかなりウンザリしていたらしい。
遅々として進まない自分と状況に。いつまでも続く、リリースの旅に。
それらが決して負のものではなく、希望へと確かに続いているものであるという
確信を、底に持ちながらもウンザリしていたらしい。器用なものだな(笑)
そんな奴らが(おっと失敬)集まったところなんて
まー場末の吹き溜まり、薄暗い飲み屋といったところか?
そんなもんじゃない、深刻で真剣なんだ、と言うだろうが、
それも大して変わらない。
だが、ね、
そこもそう悪いところじゃないさ。
そこに居るのは、自分を諦めていないからだろう?
諦めた振りなだけだろう?
当然、自分でもわかっているだろうけどね。
だから 安心しろ、とは言わない。
けども、たまには自分を労ってやってもいいんじゃないか?
こいつも、そう言ってるよ。少し経験したからってえらそうーに(笑)
で、労ったら 腹を括れ。
な。
わかってるな。
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