2016年3月9日水曜日
吹き溜まりでも花は咲く(笑)
君はそろそろウンザリしているのじゃないかい?
同じものが引きあうとしたら、ここに訪れるのは、以前のこの主と同じようなものだろう。
こいつも、実はかなりウンザリしていたらしい。
遅々として進まない自分と状況に。いつまでも続く、リリースの旅に。
それらが決して負のものではなく、希望へと確かに続いているものであるという
確信を、底に持ちながらもウンザリしていたらしい。器用なものだな(笑)
そんな奴らが(おっと失敬)集まったところなんて
まー場末の吹き溜まり、薄暗い飲み屋といったところか?
そんなもんじゃない、深刻で真剣なんだ、と言うだろうが、
それも大して変わらない。
だが、ね、
そこもそう悪いところじゃないさ。
そこに居るのは、自分を諦めていないからだろう?
諦めた振りなだけだろう?
当然、自分でもわかっているだろうけどね。
だから 安心しろ、とは言わない。
けども、たまには自分を労ってやってもいいんじゃないか?
こいつも、そう言ってるよ。少し経験したからってえらそうーに(笑)
で、労ったら 腹を括れ。
な。
わかってるな。
2016年2月27日土曜日
アセンションとハイヤーセルフ
「地球のアセンション」ということや
その現状については、正直私にはよくわからない。
順調に行く、行っているというのは、そもそも「順調」とは何を指しているのか
というところからして見解のズレが、種族間では大きいと思われ、
論ずるのは困難なのだと思う。
アセンション ・・・・次元上昇する、
この重い3次元世界から抜け出るには、高次元のハイヤーセルフとの統合は必須であると
誰しも言っているし、私もそう感じてきた。
しかし、実際はどうなのだろう。
そこを意識している者の中でさえ、それを真剣に捉えている者はいるのだろうか。
人としての意識だけでなく、魂的にも忘れ去っている。忘れたことにしてはいないか?
そして、何故、ハイヤーセルフはここまで手を拱いているのか。
それも、事情が多々あるようで。
今更、それらの事を訴えたりする気もないし、
望まれてもいないだろうと思っているのに、なぜこんな記事を書いているのか。
ふともれた、呟き。
とでもいうところだろうか。
2016年1月29日金曜日
囚われたもの。
気まぐれに見たストーリーの世界観には覚えがあった。
少し前に、何年か振りに受けたヒプノセラピーで見たものとそっくりだった。
こういうものではよくあるといえばそうなのだけど。
けれどもそれよりも、私の心を図らずも動揺させたのは、
物語のキーマンでもある脇役の彼だった。
瞳に暗い光を宿した彼は、
婚約者と師を嘲笑い亡き者にした支配者への復讐の為だけに生きていた。
彼はラスト、囚われの身になりながらも本懐を遂げ世界から去っていった。
その時の彼が敵に囚われた姿、状態が正に私の記憶と同じであったことが、
そして彼がその暗い瞳のまま消えてしまったことが私を動揺させたのだった。
私自身はもうその事に拘りは持っていない。
けれども、目にし、動揺したということは、まだ、あるのだろう。
深く追求することも無いが、まだあった、ということを知ったのには意味がある。
また、私にあったなら、他にもあり
今、解き放つ用意のある意識がある。のだろう。
そもそも、このブログではあえて、重苦しい部分に焦点を当てている。
それは、私たちにはもうそれらは必要が無い、ということを、
顔の見えないあなたや、あなたと、
かつての友であったあなた達と、
互いの共鳴の中で確認しあい、実行していく為なのだ。
上からの光が射すところもあれば
並んだところからの光しか当たらない場所もある。
私たちは、とっくに自由になっていい。
既に、自由なのだ。
自分達にはまだまだ先がある。ゆくところが、むかうところがある。
ならば、新しい道をゆこう。
新しい世界を目指そう。
新しい自分達に会いにゆこう。
時を戻し逆行するのではなく
全く新しい、しかしそれはオリジナル故の光を放つ
かつての自分であり、
また、かつての自身でもなく、
それをも超え深化したものでもあるということ。
それを望めば
誰もが等しくそうなれるのだと。
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